デアゴスティーニ

スーパーマンリターンズ

 ハリウッドで長年に渡りたらい回しにされてきた企画がようやくの完成。一時期はニコラス・ケイジがスーパーマンに!とか、ティム・バートンが監督するって噂もあったなぁ・・・

 超ハイスピードで飛んできて、墜落するジャンボ機を両手で受け止めたり、ガトリングガンを身ひとつ、いや眼球でもハネ返す無敵っぷりは見ていて実に爽快。これぞスーパーヒーロー!

 これらを可能にした最新VFX技術と、テーマ面では現代仕様の「21世紀のスーパーマン」にアップデートされているが、本作はリメイク作品ではなく、1978年版『スーパーマン』の続編となっている。

 だからオープニングクレジットは、ジョン・ウィリアムスの有名なテーマが鳴り響く中(このスコアは本編でも大フィーチャーされている!)、78年版と同じようにきらめく青文字が飛び交う!

 これは『スター・ウォーズ』に例えるならば、前作から16年ぶりの新作『ファントム・メナス』のオープニングが旧三部作と変わっていないのと同じ感覚だ。
 先に「21世紀のスーパーマン」と書いたが、このオープニングを大画面で見ていると、もしかして今は70年代なのか!と錯覚することうけあい。

 ストーリーは、自分の居場所を探すため、5年間宇宙を旅していたスーパーマン(ブランドン・ラウス)が久しぶりに地球へ帰ってきてみたら、かつての恋人、ロイス・レイン(ケイト・ボスワース)は他の男と子供を作っていた・・・という、なんだかやるせないお話。

 相手の婚約者(『X-MEN』のサイクロップス役、ジェームズ・マースデン)は、新聞記者で体力があって飛行機も操縦できる。つまり、現実世界の人間がなれる限りのスーパーマンなのだ。

 このことは、スーパーヒーローに頼らずに自分達でなんとかするべきではないのか、という考え方にもとれる。

 そう、本作では「スーパーヒーローは存在するべきか?」ということが繰り返し問われるのだ。
 ロイスがスーパーマン不在の間にピュリッツァー賞を取った論文は、そのものずばり「なぜスーパーマンは必要か」だ。

 確かにこの現実には、スーパーヒーローがビルに突っ込む飛行機をヒョイと持ち上げて止めることはなかったし、押し寄せる大津波をスーパーパワーで食い止めることもなかった。
 現実世界にはそんなヒーローはいない。地道に現場で活動している人達こそがヒーローなのだ、と世界中が知ったのは記憶に新しい。

 こうした時代背景の中での本作では、スーパーマンは文字通り地べた這いつくばり、泥まみれになって存在意義を問われる。おなじみの弱点により、ピンチに陥るスーパーマンを助ける人間こそがスーパーヒーローに見えてきてしまう。

 それから「父と息子」というのも重要なテーマ。息子はいつか父になり、そのまた息子が・・・というように・・・

 そのスーパーマン(カル=エル)の父であるジョー=エルは、78年版で演じたマーロン・ブランドの映像をCG加工して今によみがえらせている。旧作のファンならば感涙モノだろう。

 旧作のエッセンスを継承しながらも、今、この時代にふさわしい形で帰ってきたスーパーマン。
 現実世界にはスーパーヒーローはいないかも知れないが、作り物のコミックや映画のヒーローには現実を変える力が確かにある。人々がヒーローに憧れ、近付こうとすれば世界は変わる。
 フィクションには、そういう力がある。

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